同じ境遇が切っ掛けで友人に成った友の死

2009年5月22日

今から約2年と4か月前、私は最愛の娘を亡くしております。

当時は どんなに親しい友人が励ましてくれても耳に入って来ず、

逆に辛くなるだけでした。

誰にも私の気持ちなど解って貰えないんだ。、

ある日、毎日泣いて暮らしていた私のもとに近所に住むAさんが訪ねて来ました。

実はAさんは4年と3か月前に中学2年の娘さんを亡くしています。

学校での虐めが引き金で心の病気に成り、

食事が取れない状態に追い込まれて入院生活をしていたけれど

治療の甲斐無く亡くした過去が在る。

Aさんの娘と、家の娘は同じ中学の同級生で同じ部活に入ってました。

私達家族が今の土地に引っ越してきた数日後にAさんの娘さんが亡くなりました。

何のための学校だったんだろう。

我が子を死に急がせるために学校に通わせた訳では無い筈なのに。、

Aさんが この世の地獄の様な状況の中、

目と鼻の先の距離に新築で越してきた我が家の娘は元気に生きており、

新しい家に舞い上がり気味の我が家が目に入ると辛さが増した事でしょう。

どんな気持ちに成っただろう と考えると心が張り裂けそうになる。

当時の私は この辛さを知らなかったから

「早く元気に成ってね」とAちゃんに言ってしまいました。

この禁句

自分の命より大事な我が子を亡くした人に言う言葉では無い事を

我が身に降りかかってきて初めて知った。(その3年後に家の娘が事故で亡くなりました)

ここから綴る事が表題のとおりで今だから綴れる気持ちに成ったので綴ります。

実は、Aさんは今から1年前にまだ40代の若さで他界して仕舞いました。

当時、彼女の死にショックを受けて1週間寝込みました。

ましてやブログに綴る事など到底出来なかった。

Aさんとは、ほんの数か月でAちゃんと呼ぶ程に仲良くなり、

私を心配したAちゃんは、

泣き暮らす私の話を訊くために足繫く足を運んでくれ、

「身近で気持ちを解ってくれる友達がやっと出来た」と思ってました。

これからもずっと仲良くしたかったのに 

私が体外受精の治療を始めたころ、心の病気で亡くなってしまいました。

私を励ますために車で迎えに来て一緒にスーパーに行ってくれたり、

「炊事は無理やろ?」とお弁当の差し入れをしてくれた事も在ったな。。

家の娘が健在の頃、虐めをうけていたAちゃんの娘さんの事を

娘が学校で かばった出来事が在ったそうで、

『Yちゃんの優しさが有難かったよ』と想い出の話をしてくれた日も在る。

それでも当時のAちゃんの精神的ダメージは

私と変わりなく とても大きかったんだと理解した。

これから先、彼女の事を忘れる事はありません。

今日は近所に住むAちゃんに手向けるために蝋燭を買い求めました。

花の絵柄が綺麗な蝋燭を選んだ。

追記。

ある方のブログで心を打ちぬかれました。

(”ゆく”さんの日記で『泡沫』注*今はブログを閉じて居られます)

スーパーのレジで自分の前に並んだ人を見てこう思ったそうです。

「容姿が美しい事や生活レベルが高い事、。(中略)

そんな事は全く羨ましいとは思わない。

我が子の死に顔を見なくてすむ生涯を送れる事が何よりも羨ましい。」

全くそのとおりで読んだ瞬間に涙が止まらなく成った。

表現が難しいけど子供の『寝顔と死に顔』は、よく似ている。

まるで寝てるかの様に死に化粧をし、装束を着せられてる我が子。

焼き場に到着し、気が付けば目の前には我が子を焼くための炉があった。

見た瞬間、正気を保てなかったのか私は気絶したらしい。



娘を亡くしてから初めて夫婦喧嘩を

日曜から旅行に出ていた旦那が昨夜戻ってきた。

美味しいものを沢山食べた後だから夕食は軽いものでも、、

と思い、夕食に焼き飯を作りました。

でも、その焼き飯が「ベチャベチャで美味しくない!勘弁して欲しい味や」←(はっ?)

しかも「毎回教えてやってるだろうがっ!」と上から目線で文句を言う

(↑ 過去にゴチャゴチャ作り方の講釈垂れてたな。鬱陶しいから聞いて無かったわ)

私:「それなら自分で作って手本見せてよ。口で言うのは簡単だね!」

旦那:「気分悪いわ!」(うるせーわバカ!こっちもだよ)

娘を亡くして初めて口喧嘩しました。

久しぶりの骨付き鳥一鶴

先日、旦那が知人と一緒に骨付き鳥一鶴を食べに行き、

私にもお土産用に骨付き鳥をテイクアウトしてくれました。

娘を亡くしてから2年余りの間、全く外食をしなくなった私には外の食べ物が懐かしく、

久しぶりに食べたらとても美味しかった。でも、娘に申し訳ない気持ちになった。

娘が小さい頃から何かあれば一鶴に食べに出掛けてたから

とても想い出深い食べ物です。

娘が亡くなる数週間前、「急に一鶴が食べたくなったから」と

彼氏とのデートで骨付き鳥を食べてきた娘の言葉を思い出す。

更には娘が小さい頃に親子で通ってた小さな居酒屋にも

彼氏と一緒に出掛けてました。理由を聞くと

お酒は飲まなかった娘だけど「マスターとママに会いたく成ったから」と言ってた。

更には2年程 疎遠に成ってた曾爺ちゃんの家にもひょっこり顔を出して

「爺ちゃんに逢いたくて行ったけど、爺ちゃんが又お小遣いくれようとしたから もう子供じゃないから断ってきたよ~」

とも言ってた。不思議に思うのは、なんで急に?なんで今頃?と思ったのを覚えてます。

今思えば自分の命を判ってたかの如く

会いたい人に逢いに行ってたのかな?と感じ、無性に泣きたくなった。

変だと感じていたのに どうして当時の私は気が付かなかったんだろう。