2010年6月9日
先日、我が家の重要書類ファイルを開きました。
重要ファイルには生命保険証書や年金等の大事な書類を入れてます。
大事な書類はそれだけじゃ在りません。
10年前に娘がくれたお誕生日カード。お手伝い券なんかも付いてて嬉しかったなあ。
↓ 辛くなると分かってても やっぱり見てしまった。

書いている内容もちょっぴりお馬鹿で可愛い。10歳位かな、。
こう云う「生きた証し」を見たらやっぱり辛い。
これを書いた女の子の命が残り7年の命だなんて想像すらしなかった。

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かふくはあざなえるなわのごとし:人生良い事も在れば悪い事もあるから気を抜かずにいこう
2010年6月9日
先日、我が家の重要書類ファイルを開きました。
重要ファイルには生命保険証書や年金等の大事な書類を入れてます。
大事な書類はそれだけじゃ在りません。
10年前に娘がくれたお誕生日カード。お手伝い券なんかも付いてて嬉しかったなあ。
↓ 辛くなると分かってても やっぱり見てしまった。

書いている内容もちょっぴりお馬鹿で可愛い。10歳位かな、。
こう云う「生きた証し」を見たらやっぱり辛い。
これを書いた女の子の命が残り7年の命だなんて想像すらしなかった。

2010年6月1日
先日、TVを消すのを忘れて息子を保育園に連れて行きました。
約15分後、家に戻ったらテレビの音がとても耳障りに感じた。
やっぱり嫌だな、、私のテンションとTVのテンションバランスが全く違うんだわ。
テレビから流れる音楽やテンションの高い声がとても苦痛ですぐ消した。
今日はお昼休みをリビングで取った旦那だけど、あの野郎は直ぐにテレビを点ける。
テレビの音にイライラするから勘弁してほしい(←早く昼休憩終われー!と念を送る)
昔はテレビも音楽も好きだったけど今は無理。
カーオーディオでさえ、あの日からマイカーで聴いた事が無い
2024年加筆*
2024年現在でもカーオーディオは聴かないけど
テレビは観れる様になりました(←でも、騒がしい声が嫌で基本消してます)
追記: この冬に1泊2日で岡山に旅をしようと計画中。
2010年12月に「命のメッセージ展」が岡山県で開催されるので
妹親子と一緒に泊りがけで行こうかと思う(あくまでも未だ”思う”の段階)
引き篭もりな私&休みはパチンコ+ゴルフ三昧の父親のせいで
保育園の遠足位しか遊びに出掛けた事が無い息子の為に
妹が一緒に着いて行こうか?と云ってくれたので良い機会かも。
メッセージ展まで まだ半年在るから泊まるホテルや遊び場所をゆっくり考えよう。
亡き娘とも色んな所へ行きたかった。
娘にしてあげたかった事があまりにも沢山残り過ぎてるから幾ら悔やんでも足りない。
でも、娘の人生でこんな悲劇が起きるなら 娘の身代わりに成りたかった。
警察に追われて怖かった事、死に至る程の痛み、この世に帰って来れなく成って辛い事。
全部お母さんが代わりたかった。


2010年4月24日
昨日は保育園の親子遠足でした。
息子は産まれてから今まで小さな公園さえ連れて行って無かったから
今回の遠足で行楽デビューって訳。
しかも旦那が遠足に付いて来るって言い出したから
夫婦で行楽レジャーするのも娘を失って以来初めて。
でも、弁当要るんだよな、、
娘を失ってから旦那の朝食さえ まともに作れなくなった女が
朝から行楽弁当を作れると思う?(←朝からは無理。でも前夜からなら何とかなる)
↓ だから、おかずはぜんぶ前日の夜に作った。

肝心の遠足は、曇り空で気温も低く、すごく寒かった~
↓ 頼みもしないのに仕事を休んでまで着いて来た旦那と自然を散歩中

遠足で見た風景が曇り空で薄暗く、綺麗過ぎなかったから助かった。

「空」なんてどれ位ぶりに眺めただろう。
青い空や青い海を見るのは、どうも苦手になりました。
この日、晴れていて
真っ青な空や太陽に照らされてキラキラ光る青い海を見たら
今ここに娘が生きてない事が許せなくて私は泣いてただろうな。
2010年3月24日
今朝、旦那が2千円を差し出して来たので「何?」と訊いたら
先日ゴルフ場でバッタリ会った知人から
「仏さんに花でも買ってあげてくれ」と2千円を差し出されたそう。
私の娘が仏さん?
娘の死を気にかけてくれた気持ちがとても有難かったけれど
「仏さん」と言う言葉に過敏に反応して仕舞い、掃除をしながら朝から泣いた。
他人から見れば娘は既に「仏さん」なんだな、、と思い知った。
ただ、私にとっての娘はこの先もずっとずっと「家の〇〇ちゃん」でいて欲しい。
追記。
先日、息子が早く寝た上に旦那も留守。
あの日から3年3ヶ月も娘に逢えない日が続き、
無性に娘の顔が見たく成るも、もう一生 写真でしか逢えない。
沢山あるアルバムのうち、1冊目のアルバムは過去に開いた事があるけど
泣くばかりで心が折れて仕舞い、2冊目のアルバムを開く事が出来ないままだった。
先日、やっと2冊目のアルバムを2階の物置から持って降りた。
でも又だ、。 手に取った瞬間から涙が出る。
娘を抱っこする様にアルバムを持ち、泣きながらリビングに持って来た。
今夜手に取ったアルバムは1~2歳の時の写真を納めてた。
アルバムを見ながら更に涙が流れる。

「この子が居なくなったら私は絶対に生きていけない。」
私も世間の親と同様に 幼い娘の寝顔を眺めていつも思ってた。
そんな幸せだった頃を思い出すと頭と心が壊れそうに成った。
私もいつか一生を終えます。
その時が来たら、先に逝って仕舞った娘の傍に真っ先に行きたい。
その為にはこの世で徳を積んで行くしかないと考えてます(⋆良い行いを重ねる、善行)
2010年1月18日
昨日は2年前に他界した祖母の法要でした。
祖母は娘が他界した1年後に他界したんだけど、引篭もり中だった私は
大好きだった祖母のお葬式に出席してません。
当時の私は「娘を亡くした苦しみ」以外は何も感じてなくて
あれ程大好きな祖母が死んだのに、
悲しさや寂しさの感情が全く感じられない上に
外に出て人に逢うのがとても怖かったから。
今も人間恐怖症で引き篭りがちな私なので
「姉ちゃん、明日の法事に〇〇(←息子)だけでも私が連れて行こか?」と
妹が訊いてくれたけど、
未だ1歳前の息子の面倒などで妹に負担を掛けたくなくて
私も祖母の法事に出席する事にした。
婆ちゃんに最後に逢ったのは娘が亡くなる1ヶ月前だったな。
温ったかい毛布と氷川キヨシのカレンダーをプレゼントして
「婆ちゃん!また来るけんな!」そう約束したのに
娘の死を境に逢いに行けなくなり、3年ぶりに逢った祖母はもう遺影に成ってた。
神も仏も信じられなく成ってた私は、
仏壇の前に座る事も手を合わす事も出来ず、隅っこで座ってました。
息子も姪っ子の傍で大人しくしてました。、、が!

お坊さんが説教してる最中に座敷の中央に這って行き、
「ひとりハクションごっこ」を始めたからビックリしたわ。
(↑くしゃみの真似をして1人でウケて笑いながら拍手する遊び)


婆ちゃんが、「もっとそばに来て顔を見せろ」って手招きしたのかも?と思った。
ずっと私を心配してくれていた親族が私の顔と息子を見て安心してくれた様で
勇気を出して法事に出席して良かったと思う。(妹には大感謝)